2014年9月9日火曜日

蔡文姫の生年と結婚時期

蔡琰の生年は177年の説が定着しています。
が、同時にこの生年は無理があるという指摘も前からあります。提唱者は不特定。

否定の根拠は2つ、それぞれ提唱する生年は違います。
1.蔡邕の『被収時表』の内容
2.父の喪に服す期間

1.は蔡ヨウが冤罪で収監されていた頃の記録です。『後漢書』蔡邕伝記載。
この書状は光和元年、178年7月以降に書かれました。
内容は自身の無実を訴える訴状です。その中に「臣年四十有六,孤特一身」=「私は46歳にして孤独だ」という文言があります。
178年の時点では蔡邕に子はいないため、蔡琰は178年以降の生まれだ、という主張です。

2.は蔡邕の死亡時期と蔡琰の初婚時期が問題です。
蔡邕は192年4月の董卓処刑の後、王允によって処刑されました。
儒者の常識では父母の死後、喪に3年間服することになっています。
つまり192年から195年の間、蔡琰は結婚することができません。
蔡琰は192年より前に結婚しているはずで、177年の生まれでは結婚可能年齢に到達しません。
当時の適齢期は15歳以降だから177年より前の生まれだろう、という主張です。
女性の結婚可能年齢とは、『礼記』に則ると15歳(満14歳)です。15歳が成人年齢で、その証に笄を髪に挿します
177年生まれは蔡琰が衛仲道に嫁ぐことなく匈奴に拉致されることになります。

以下が主な反論です。
1.『被収時表』の蔡邕は孤独だという文言には、范史蔡邕傳にない完全版があります。
それは『蔡中郎集』巻七「臣年四十有六,孤特一身,前無立男」です。
「前無立男」は「今まで成人した男子はいない」という意味です。
自分には後継ぎとなる息子がいないと述べてあるため、前述の「46歳にして孤独」とは女児の有無を問わないと読み取り可能です。
つまり蔡琰が生まれていてもいなくとも、この発言はできるのです。
この見解に対する批判は見かけません。

2.魏の丁廙(ていよく)の『蔡伯喈女賦』には、16歳で蔡琰が結婚した風に詠まれました。「華年之二八」です。2かける8で16です。
満15歳の結婚は、192年の春1月から3月のうちに起きたなら177年生まれでも成立します。
郭沫若はそう主張しましたが、《蔡琰悲情诗怨愤的是谁?》の陳雲発という人は「史書の記録に反する」と反論しました。
范史の「帰寧于家」=実家へ戻る。は父の存命中でなければ使えない言葉だと指摘しました。
と、いうのも「帰寧」は既婚女性が父母の安否を確認するために実家へ帰る時に使います。
そのため郭沫若の見方では1,2か月で蔡琰が寡婦になることになり、ありえない、という論調です。この指摘は初めて見ました。
この方は代わりに蔡琰の初婚時期を初平元年(190年)か二年(191年)のことだと述べています。

「帰寧」については当方の意見があります。
曹植の詩・『棄婦篇』には、子が生まれないせいで実家へ帰ることを考える女性が出てきます。
該当する一文は「無子当帰寧」。中には「無子当帰甯」と書くものもあるようですが、「甯」は「寧」と同じ意味です。簡体字だと両方「归宁」です。
当時は七出という、夫が妻を追い出して良い理由の一つに子を産まないことが含まれました。
実際に劉勲の妻・王宋は20年以上夫との間に子ができず、離縁された時の詩が『玉臺新詠』に残っています。
曹植の棄婦も題名の通り、婚家から棄てられる立場にある女性です。
家へ帰る理由は、父母の様子を見るためではありません。
他に行くところがなくて実家に帰るのです。
この行為を他の言葉で「大帰」と言います。大昔、子赤という名の子を殺された姜氏や、嫡子を殺された庄公の戴嬀の記録にこの語句を使用されました。
これは実家に帰った後、婚家に戻らないことを指します。離縁と同じです。
「帰寧」には大帰と同じ意味もあります。
蔡琰は曹植の棄婦が懸念した通り、子がいないことを理由に帰寧しました。大帰そのものです。
この場合、女性が実家へ帰る際の父母の生存は無関係です。
つまり、蔡邕の没後に蔡琰が実家に帰ってきた、との見方は史書の記録に反しません。
177年生まれでも問題はありません。


ところで、蔡琰の結婚時の年齢はほぼ丁廙の賦の16歳で世間は通っています。
それでも良いのですが、これは賦であって正確な記録を残す史書ではありません。
言葉はより美しいほうへ取捨選択する文芸作品です。多少の誤りがあっても通用する世界です。
「二八年華」で語句を調べれば、その意味は「16歳」もありますけど、他に「15,6歳の良い年頃、最も美しい青春時代」などと出てきます。
現に近代デジタルライブラリーの『標註日記故事大全』巻二生知類には、蔡琰は笄を挿す年齢で衛仲道に嫁いだ、と書いてあります。
15歳の結婚も可能性のうちと思っていいでしょう。
178年生まれ説も一定数見かけるので、その説を採用する時のお伴にどうぞ。

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