取扱い注意の「姫」の続きです。未読の方は先にそちらを閲覧してください。おまけが延長:取扱い注意の「姫」
甄后の甄姫呼びはまずい、ということで他の名称を考えましょう。
甄后の通称に甄宓{しんふく)、甄洛(しんらく)がありますが今は考慮しません。
「氏」でも「女」でもなく創作名でもない呼び方が一つあります。
それは「妃」です。
王や諸侯(皇帝から一部の土地を任されて支配する領主)の正室にこの呼び方ができます。漢典の妃と元妃参照。
三国志の女性では皇帝の側室のうち子が王になった母(例:曹操の側室・沛王太妃=杜夫人)か、皇帝の嫡子の正室(例:曹叡の初めの正室・虞氏,劉禅の大張后)の呼称に妃がつきました。
しかし字義的に、夫が王・諸侯の身分にある妻ならば后妃、太子妃でなくとも使えます。
この用法での命名なのか、今は無き『三國志オンライン』(制作会社:コーエー)で卞后が「卞妃」として登場していました。
卞后の「妃」命名に関してはグッジョブです。ただし、丁夫人が曹操と離縁する(おそらく197年)より前の時期は側妾の身分なので要注意。
建安初年(196年)以前の話に卞后を登場させる時は別の呼び名が必要です。その辺をこだわる場合は歌妓の意味を持ち、かつ人名でよく使われる優または伶の漢字を使うといいんじゃないですかね。
史書の用例では孫権の正室・謝夫人と徐夫人が『太平御覧』巻142に謝妃,徐妃と書かれました。
この表記は多分、二夫人に対する陳寿の記述の「聘以為妃」=「娶って正室にした」が元になっているのでしょう。
加えて甄后の通称の甄宓、甄洛は洛水の女神・宓妃が着想元です。
妃にはそのような女神に対する尊称の意味もあります。
曹植から宓妃に例えられた伝承のある甄后に「妃」はうってつけです。
この案は当サイト独自でなく、すでに甄妃の名称は中国で使われています。
例えば墓です。河南省安陽県柏庄鎮靈芝村にあるそうで、墓の画像は⇒曹魏之甄妃墓にありました。
いつ頃呼ばれ始めた名称か特定できませんけれど、唐代の詩中に発見しました。
唐の詩人・王諲作『后庭怨』の「甄妃為妒出層宮」(甄妃は嫉妬を起こしたために宮中を追い出される)です。
甄宓甄洛と同じくらい歴史ある呼び名なのかもしれません。
そんなわけで、甄姫と命名された作品以外で甄后を呼ぶ時は甄妃や甄宓と呼んであげましょう。
甄后を好意的に思わない方は甄姫で結構です。
以下余談です。中文版の無双では甄姫が甄宓表記になります。一例にSonyのDLCページ
その方が大陸では名の通りが良いからでしょう。
現地では甄后を甄宓とした、曹植と曹丕の三角関係をめぐるドラマが過去に多数放映されていました。
甄洛表記の作品(ドラマ,越劇)はありますけど、甄宓と呼ぶ作品の数が多く、甄宓のほうが認知度は高いようです。
古いドラマは1975年放映の『洛神』、新しいもので2013年の『新洛神』。
映画『洛神伝』のポスターも甄宓表記です。
粵劇(広東の地方劇)でも甄宓として登場するそうです。
本土ではかなり定着した名前ですから、日本にも輸入されればいいんですけどね。
無自覚の蔑称の甄姫が中国産ゲームに逆輸入される現状では厳しいかもしれません(例:『真三國大戰』,『三国殺』)
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