2015年1月18日日曜日

三国志パズル大戦の羊祜

スマホゲーム『三国志パズル大戦』に最近羊祜が追加されました。
その人物紹介文が一部で物議をかもしている模様です。
当管理人はゲーム未プレイにつき、羊コが登場したことは昨日知りました。
攻略サイトの羊祜の項目で確認できる紹介文は以下の通り。
泰山郡の名族に出自を持つ武将。母は蔡文姫。姉は司馬家に嫁ぎ、従姉は夏侯家に迎えられるなど、時の有力者の縁戚であり、羊コ自身も武略‧知略に優れていた。
羊コは同ゲームに登場する蔡文姫の子どもだと説明しています。
この設定に至るゲーム的な原因は一点、羊コの軍略名「名族の血筋」です。
羊コは名のある一族の出身かつ三国志の中で一、二を争うほど身内が豪華です。
姉の羊徽瑜は司馬師の皇后。
叔父羊耽の娘(子の夏侯湛は母を姫と呼んだ≒羊姫)は夏侯荘に嫁ぎ、その娘が東晋皇帝の母・夏侯光姫。
紹介文にはないですが妻は夏侯淵息子の夏侯覇の娘。
従弟の羊琇は司馬炎が皇帝になれるよう手助けした盟友。
そして蔡邕の外孫という立場です。
母については名や字の記録がなく、文姫その人か不明瞭です。

蔡文姫はきちんと蔡ヨウの娘だと紹介してありますけど、羊コの説明文には蔡ヨウの名前がありません。
文姫は蔡ヨウの娘として有名、かつ父の存在が帰郷の要因になっているため省けなかったと思われます。
しかし羊コは特になくてもいい人物です。
羊徽瑜らの名を伏せた説明を見るに、ゲームで存在しない人物の名を使って紹介するのは憚りがあるようです。
すべてのプレイヤーが三国志に精通しているわけじゃありませんし、無難な措置です。

羊コは身内のビッグネームぶりを紹介したくとも、近親者がまだ参戦していない状況です。
司馬家と夏侯家とは親戚、と言われようと親類の表現があいまいなため凄さが伝わりにくいです。
そこで既存の文姫の名を使い、彼女と繋がりが強くなる文姫母説を採用した、と当方は勝手に推測しています。
文姫を母としない代案は、夫が登場している羊徽瑜を登場させることくらいです。
彼女を出してから名族を強調した羊コを追加させてよかったのではないか、とは思います。
そうは言っても親類の華やかさは羊コの個性の一つですからアリはアリです。
別の観点において、この羊コが出たおかげで次に姉を登場させる準備ができたと言えます。
本当に登場した時は司馬師の妻は夏侯徽派な人と波乱があるかもしれませんが、どんな事をしても意見の食い違いは起きるものです。そんなの怖がっていたら何もできません。

現に羊コの母が文姫だと書かれた件について疑問が制作陣に入ったとおぼしいコメントを見かけました。
回答は「文姫と羊コは親子関係の説を採用しているのでこれが正しいです」といった簡潔なもののようです。
それで苦情が出るようなら、採用に至る経緯を詳しく説明してくれていいんじゃないでしょうか。
そもそも「文姫は羊祜のおばである」と書いた晋~唐代の記録物は存在しません。逆もしかり。
おば説も母説も、当事者の没後1000年以上経った後の人間があーだこーだ言っているにすぎないのです。
どちらか片方だけが正しい、なんて断言は現状の史料では到底できません。
せっかく母説を使うのならそれを活かした面白いゲーム演出を期待したい所です。
今のところ、羊コが文姫似な容姿で描かれています。
そのことへの不満意見は見当たりませんから、両者が縁者であること自体は受容されているようです。
私的にこの造形で文姫がおば設定の場合、他家のおばが着けているのと似た髪留めを甥が着けていたら違和感を覚えます。親子ならお下がりか何かだと納得できます。


母説に否定的なコメントの中には、今まで匈奴に残してきた子や劉豹関係のことしか触れてなかったのに、羊コが蔡文姫の子どもじゃイメージに合わない、といった意見を見ました。
文姫母説はゲームの文姫像に合わないので拒否反応を示す人もいるのでしょう。
他の三国志作品においても母説をまともに扱う作品がなかったため頷ける話です。
しかしながら、羊コ母でない文姫は詩人の文姫像を壊しかねない見方でもあります。
文姫に姉妹が存在することは『悲憤詩』の内容に合わないのです。
下記に『中国古典文学大系』の13巻め『漢書・後漢書・三国志列伝選』にある『後漢書』列女伝『悲憤詩』の訳の一部を転載します。
一章「既に至れば家人尽き、又復(ま)た中外なし(身内も隣人もいない)」
二章「家族は殄(ほろ)び門戸は単(ひと)りとなる」
家族が死に絶え自分は一人ぼっちになってしまった、という描写です。
正規の研究者が訳した文章がこれですから、普通に読めばこういう意味になります。
文姫に姉妹がいたと考える時、この句をひねって捉える必要があります。
もしくは偽作と主張するか。おそらくこの主張が最も文姫おば説を強固にする方法であり、そしていばらの道を進む行為です。

以前、ゲームとは違う話題で「文姫は『後漢書』に羊衜(羊コの父)の妻と書かれないから母説はありえない」という意見を見ました。
理にかなっているようで実際は矛盾した主張です。
『後漢書』を信用すれば同書中にある『悲憤詩』も当然参考にすべき記述になります。にも関わらず、詩のことは何も触れられませんでした。
もし「『後漢書』は正しいが『悲憤詩』はデタラメだ」と言うなら、詩の信憑性のなさを弁明せねば説得力がありません。
そんなわけで文姫は羊コのおば説を支持する方がいらしたら『悲憤詩』の研究を頑張ってください。
近代中国で『悲憤詩』が蔡琰の真作か否かの議論はあったのですが、真作派が優勢のまま議論は終わってしまったようです。
偽作と主張する際は晋宋代の詩との共通点とか誰が文姫に仮託して作ったか、などの論証が必要になってきます。結構大変です。当時の詩作品を全部調べ上げるんですから。
その研究結果は文姫母説を採用した会社への反対意見として送ってもいいんじゃないでしょうか。
母説は学者の論文にて可能性を指摘された学説(陳仲奇「蔡琰晩年事迹献疑」(『文学遺産』 1984-4,1984)のため、その論文への意見もあると説得力が増すでしょう。
陳仲奇は可能性をあげただけで、母説肯定論者というわけではないですが。


他に『三国魂(ソウル)』というゲームで蔡文姫は羊コと親子の縁との人物関係が設けられています。その設定をうまく活用するとキャラの能力が上がるようです。
中国に同じ仕様のゲームがあり、「亲子的期盼」訳して親子の期待という名目になっていました。
日中ともに親子設定への意見は見つかっていません。
文姫は羊コのほかに甄姫(曹丕の甄后)との関係が設定され、「才德的延续」訳して才能と徳行の継続との名目で似た者同士扱いになっています。
才女で後世の人による人徳への称賛もある女性たちですからこういう繋げ方はおもしろいです。
わりと史実演義で言及のない関係もはっきり作る作品のようで、その特色の影響で批判が出なかったのかもしれません。
またはプレイ時に有益な設定になっているからでしょう。
こんな風に文姫羊コ母説を取り入れる作品が出てきました。良いか悪いかは作品の出来で決めましょう。
面白ければそれでいいのがゲームの世界です。
ゲームプレイ上の有用性がなく、ストーリーや絵面でのメリットもないようであれば採用しないほうがよろしいです。


(2015年2月11日追記)
ここまでお読みになった方、お疲れ様です。
当記事のあとで文姫が羊コの母かおばか関連の記事を載せました。
『巵林』より、蔡邕一家について列女伝に載らなかった蔡氏の2本です。
その他、文姫を羊コの母だと匂わせる唐の白居易の詩の文姫も紹介中です。
興味のある方は一読ください。

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